【匿名劇壇『レモンキャンディ』】観た感想【ツカモトオサム・CQ】

スペースドラマ

外注スタッフに鉄壁の布陣を敷いた匿名劇壇の新作は、地上10億kmの上空から落下中の飛行船の一船室を舞台に描かれたシチュエーションコメディ。
匿名劇壇流に言うならシチュエーションジョークか?
柴田隆弘氏の美術が美しい。
舞台床面を急勾配に傾斜させ、高所から落下中の飛行船の船室を見事に具象化させている。
このような八百屋舞台では客席からの見た目より想像をはるかに超える負担が演者にのし掛かる。
傾斜した床は直立して静止するのにも踏ん張る力が必要で、演者は常に緊張を強いられる。
稽古場で前もって舞台美術通りの傾斜と広さで大道具を組まない限り、劇場入りして初めて傾斜を体験することになる。
普段使わない筋肉を急激に使うため、公演中に怪我や事故が起こりやすいのだ。
船室の壁面に透明度の高いアクリル素材を用いているので、登場時の陰板(スタンバイ)が薄く透けて見えるので注意したい。
ロジックの得意な福谷くんらしからぬ事だが、幾つかの謎が謎解かれぬまま終劇したのでショックを受ける。
何が原因で飛行船が墜落することになったか?
そもそもこの8人が何故集まったのか?
船長や操舵士、航海士、調理師、機関士、通信士、その他の乗務員は何処に?
趣味も嗜好も職業も、全くバラバラの男女8人が、偶然か必然か飛行船に乗り込み、落下事故が起きたのなら、これは必然と見るべきだろう。
ならば何故この8人なのか?
その必然性くらいは欲しい。
アクの強い8人が、各々の得意分野を駆使し、終盤でパラシュートを見つけ出すとか、見つけたものの精神的な時間に余裕はあっても、物理的な時間は12秒しかなく結局間に合わずに落ちるとか。
或いは8人が数珠繋ぎになって窓の外から操舵室に辿り着き、危機一髪間に合って墜落を避けるかと思いきや、誰も操縦できないとか。
90分の枠内に収めるため、幾らかのアイデアを捨てるのは仕方ないし、謎解きを為さないままに終わることもある。
良く考えられた推理小説でも、幾らかの謎をわざと解かずに終わらせる。
読後に読者が、謎解きが為されてない謎の存在に気付いた時、伏線を思い出せば自ずとその謎が解ける仕掛けが施されている。
福谷くんの作品にはいつも推理小説を読むかのような楽しみがある
一人だけ皆より遅れて目を覚ます女が在る。
その女に今の状況を説明することで、自然と観客に状況を知らせる事ができ、上空10億kmが型番のミスリードだったり、落下に七日掛かるのは体感時間を遅らせるドラッグを食事に混入していたり、そのドラッグが本作のタイトル(レモンキャンディ)になっている事とか、細かな伏線はきっちりと拾いながら、この場が番組撮影なのか、治療なのか、研究なのか、その答えを出さずに終わらせるのは、オチのない話なのではなかろうか?
ひょっとしたら、私が大事なキーワードや伏線を見落としているのかも知れない、とも思う。
まぁ別段大した謎でもなし、乗組員が居なくても飛行船は飛ぶだろうし、理由もなく突然落ちたって、あゝ面白かったで済ませても良いのだが、幾らでもロジカルに膨らまし得る作品ゆえ、それが惜しくて勿体なく思うのだ。
それは決して欲目ではなく、福谷作品ならばこその帰着点ではなかろうか。