【無名劇団『無名稿 出家とその弟子』】初めて無名劇団さんと観ました【木場夕子・may】

スペースドラマ

無名劇団さん、初観劇。
宗教文学をベースに大胆なアレンジ。
おもしろい本だと思いました。
感心するのは、劇団のみなさんお若いのに、こんな深遠なテーマを選ばれたこと。

世間的には、開祖として「人格者」であらねばならぬ親鸞聖人も、
その放蕩息子、善鸞も、ただひたすらに「人間」で。
親子の確執・葛藤のシーンでは、思わず涙ぐんでいました。

僧侶と遊女という社会的に真逆な配置、
唯円と善鸞の対比も、物語をわかりやすくしていたと思います。
演出面でもカラフルな色合いと、遊女の纏う布の儚げな動きが美しかった。
阿弥陀ばばの歌には「そこでか!」と思わされましたが。

信仰とはなんだろうと、ステージを見ながら何度か思いました。

人として「こうあるべき」姿?
「こうありたい」と「こうあるべき」の違いとは?
一個人であるか、公人であるか。
人は「職業」や「家族」としての顔も持ちますよね。
生きていく上で、いくつも持つ側面の数だけ「こうあるべき」があるかもしれません。

人を「信じたい」気持ちの裏には、無意識の期待があるように思います。
人であれば、互いに期待をするのだろうし、互いに傷つけあうこともあるでしょう。

では、信仰には何を期待しているのだろう?

実はこのお芝居を見ながら、私は勝手な期待をしていました。
父と子の関係が少しでも修復されて欲しいな、と。

最後の最後まで、父は息子に期待しました。
息子は、その期待を理解しながら、父の望む言葉を吐けませんでした。
彼が欲しかったのは、その言葉ではなかったから。

なんと正直な結末!
私の勝手な淡い期待は裏切られましたが、
人として正直な登場人物たちに、何かずしんと重たいものを頂いたのは確かです。

非常に見ごたえのある作品でした。
無名劇団さんの今後にも期待しています。