【私とスペドラ】次のスペドラに向けて 地震と家族が気付かせてくれたこと【中嶋悠紀子】

私とスペドラ~スペースドラマ14年の担い手たち

space×dramaには2010年と2011年に参加しました。
ちょうど劇団が5年目と6年目を迎えた頃です。

当時、様々な小劇場が独自の特色を打ち出した演劇祭を企画していましたが、中でもスペドラに参加して優秀劇団に選ばれるということは、言わば売れるための登竜門だと思っていて、私たちもそこを目指して参加を決意したように思います。

1回目のスペドラは、先輩劇団の方々の、演劇に対する広い視野と柔軟な企画力の後押しを受けて、それまでで一番自分たちの力を出し切れた、手応えのある公演となりました。この公演を経て、翌年は絶対にスペドラ獲るぞ!と更に意気込みました。

しかし、翌年のスペドラは、前年の勢いや意欲を全て叩き壊してしまう程、自分にとっては苦い公演となりました。

第一回目の制作者会議の前日に、東日本大震災が起こりました。重い空気の中、本当に今、スペドラをやっていいものなのか。私たちに出来ることは何か?義援金を募ることが本当に良い事なのか?ネガティブな気持ちに支配されそうになりながらも、なんとか前向きな気持ちになれる演劇祭を共通の認識として、制作者会議を進めたのを覚えています。

この年のプラズマみかんは、偶然にも、阪神淡路大震災をテーマにした「被災地のとなり」の作品を創作しようとしていました。3月11日のことがあったからではなく、本当に、偶然です。

今、なぜ神戸のことを描くのか?と周囲から批判的な声が聞こえつつも「やる」と決めて進み始めたこの公演。しかし、実際に創り始めると、自分もまるでプチPTSDにでもなったかのように、冷静さを欠き、「らしさ」を失ってしまった公演となりました。(今思えば、それも「らしさ」だったと思うのですが。)自分の公演が終わってからも、自分がここでこの公演をしたことは間違いだったのではないか?私の作品がスペドラの輪を崩してしまったのではないか?という思いが消えず、最後のクロージングトーク後の交流会で、大泣きしたのを覚えています。背負い過ぎていました。スペドラ獲りたい!という前年の思いは、完全にどこかに消えてしまっていました。演劇やめたい。と、思いました。スペドラの舞台に立つことは、なんと責任のいることで、難しいことなのだろう。と。

一から出直そうと思って「演劇をするってどういうことだろう?」と考え直すようになった時、「開かれた場」というワードがひとつ、頭の中に残っていました。制作者会議の中で何度も繰り返し出て来た「開かれたお寺」という言葉。「応典院は檀家さんを持たない、お葬式をしない、開かれたお寺である。」開かれたお寺の中に演劇があるということ。それは何だろう。

同じ頃、久々に会った両親の老いに衝撃を受けました。家族のことなので多くは書けませんが、私の両親は、二度の震災がとてもショックだったようで、以来いつも枕詞に「もしまた地震が来たら」を付けて喋ります。「もしまた地震が来たら困るから、〇〇は持っておかなあかん。」「地盤が弱い所に住んだらあかん」「食べ物を切らしたらあかん」「お金がなくなったらあかん」「住むとこなくなったらあかん」「一人でおったらあかん」…生活のすべてが地震の恐怖に支配されているようで、生きているのに、いのちが脅かされているようです。行動範囲も、物事に対する興味も以前よりずっと狭くなりました。

この不安をどうすれば緩和出来るのだろう。しかしこんな時、虚しくも娘の声は届かないものです。まちに出れば両親と同じ不安を抱えるものもいれば、全く不安も抱えない人もいます。同じ時間の過ごし方でも、前者と後者では全く違うように思えます。直接的な解決策ではないかもしれませんが、父母に、もっと多様な考え方に触れる機会が生活の中にあればいいのにな、と思うようになりました。

そんな時、ふと「開かれた場」というワードと結びついたような気がしました。劇場も、その可能性のひとつとして、いのちを守る役割を担うことは出来ないのだろうか。

演劇や音楽などのアートを鑑賞することも、多様な考えに触れる機会のひとつです。space×dramaは関西小劇場の演劇祭として毎年とても盛り上がりを見せていました。しかし、それだけでは「開かれた」とは言えないのだろうなと思います。

実際のところ、space×dramaにやってきた観客の多くは、既に小劇場演劇のファンで、上演している劇団の、知人、友人です。参加した劇団側から観劇以外の目的でやって来た人に対して積極的に交流を持ち掛けることもありませんでした。(私が知らないだけで実際はあったのかもしれませんが)

今の私の劇創作のモチベーションは、父母のような人たちをいかに巻き込んでいくかということにあります。多様な考え方に触れ、語らう時間を持ってもらいたいと願っています。そのためには、多様な作品が並ぶことだけでなく、人が血液のように交差し、流れていくしくみが必要なのだと思います。

劇場としてだけでなく、既に様々な役割を担っているこの応典院は、それらの実現に向けて一番近い場所にあると思っています。(そもそも応典院のコンセプトが「、〈気づき、学び、遊び〉をコンセプトとした地域ネットワーク型寺院」なのであーる。)

今年でひと段落を迎えるスペドラ。次に期待することは、劇団とお寺と劇場がより強く手を取り合い、いのちの交差点の心臓部の役割を果たしていくことではないでしょうか。もしそうなるならば、少しでも担ぎ手となれるよう、力を蓄えていきたいと思います。

中嶋悠紀子・プラズマみかん
space×drama2010・2011参加

中嶋悠紀子プロフィール

2006年近畿大学在学中にプラズマみかん皮切り。主に劇作・演出・俳優を担当。
2008年よりC.T.T.大阪事務局員、2015年大阪大学コミュニケーション・デザインセンターワークショップ育成プログラム修了。近年は高校演劇の講評委員、劇団稽古場やコワーキングスペースで地域住民の暮らしに演劇を持込んで遊ぶワークショップを小さく狭く開催。好きなものはフィギュアスケート鑑賞と吉本新喜劇とドラえもん。

space×drama○ プレ公演 シアトリカルフォーラム「戯曲×恋愛 愛情マニア」(4/7)出演。

プラズマみかんWEBサイト

http://plasma-mikan.com/

中嶋悠紀子出演】space×drama2007優秀劇団受賞作『愛情マニア』でシアトリカルフォーラム

應典院舞台芸術大祭space×drama○ プレ企画
シアトリカルフォーラム『戯曲×恋愛 愛情マニア』

脚本提供:サリngROCK(突劇金魚)
演出・構成・進行:泉寛介(baghdad café)

4月7日(金) 19:00  / 4月8日(土) 13:00

公演の詳細はコチラから