【私とスペドラ】「私」は「僕」で「スペドラ」は、そして「スペドラ◯」へ。【金哲義】
「私とスペドラ」を語るからには、普段は一人称が[僕]である僕も、
今回ばかりは[私]と自称しなければいけないのでしょう。
私にとってスペドラとは、いつも[出会い]でありましたが…
では何と出会ったのだろう?と、スペドラがひとつの区切りを迎える今、再度考えてみると
「シアトリカル應典院と出会った」
これに尽きると思います。
スペドラに参加する前も、僕たちはシアトリカル應典院で公演をしていました。
そしてその縁があったから「スペドラ」にもお誘い頂けました。
たくさんの劇団の方々と出会い、たくさんの劇団の方々のお芝居作りに対する想い、手法、こだわり、作品作りに対する信念を、
それが時には相容れない人たちがいたり、だからこそ広い先を知り、それは自分が作り続ける大切な問いかけとなります。
そして。
その問いかけは
今もまた「シアトリカル應典院で作品を照らす」のです。
スペドラで出会った人たちは、今も作品を作り続けていく人、そこから遠い先に登っていった人、作品作りから離れた人、実に色んな人たちが色んなこだわりを信念とともに持ち続けて、それは次の新しい出会いでもありました。
世代は変わり
でも
天井に登るための、左右ちょうど、絶妙に気持ち悪い段差のストレスの溜まる階段だけが、割と最近まで変わらず残り続けやがりましたが
その円形が表すように
必ず得たものは原点に帰ってくる気がしました。
スペドラに参加する前
スペドラに参加した時
スペドラに再度参加した時
それぞれにスペドラへの自分という意味は変化していました。
でも、次世代と出会う事が多くなった今
なお、今回もその区切りに立てる今
やっぱり「スペドラ」と自分を照らし合せた時、そこには
「シアトリカル應典院」との出会いに戻るのです。
そして
「シアトリカル應典院」は「スペドラ」でも在るのです。
金哲義・May
space×drama2008・2011・2012参加
金哲義プロフィール
金哲義 1971年生まれ 大阪出身
大阪朝鮮高級学校卒業後、京都芸術短期大学を経て1993年にMayを結成。
May代表となり脚本、演出、出演担当。
次回公演情報
應典院舞台芸術大祭space×drama○参加公演
May’s frontview Vol.37 『ハンアリ』
作・演出 金哲義